
「明日から雨だから、今日中に刈らないと」
秋になると、農家さんの会話にはいつも天気予報がついてまわります。稲刈りの時期、農家さんが気にしているのは台風だけではありません。普通の雨、それも一日降るだけの雨ですら、稲刈りのスケジュールを大きく狂わせます。
でも、考えてみると不思議ですよね。稲はもともと水を張った田んぼで育つ植物です。田植えから何ヶ月も水に浸かっていたのに、収穫のときだけ「濡れたらダメ」というのは、なんだか矛盾しているような気もします。
実はこれ、矛盾でもなんでもなくて、ちゃんとした理由があるのです。
そもそも稲刈りは「乾いた籾」を収穫する作業
稲刈りの目的は、田んぼから稲を切り取ることだけではありません。最終的にお米として保存・出荷するためには、籾(もみ)の水分量を15%前後まで下げる必要があります。水分が多いまま保管すると、カビが生えたり、発酵して品質が一気に落ちたりするからです。
つまり稲刈りは、「乾いた状態のお米を取り出す」工程の入り口にあたります。入り口の段階でびしょ濡れだと、その後の乾燥工程に余計な負担がかかる。ここが、雨を嫌う最も根本的な理由です。
コンバインは濡れた稲が苦手
現在の稲刈りは、ほとんどがコンバインという機械で行われています。コンバインは、稲を刈り取りながら脱穀(穂から籾を外す作業)まで一台でこなす、いわば稲刈りの万能選手です。
ところが、この万能選手は雨にめっぽう弱い。
濡れた稲は茎や葉が機械の内部に張りつきやすく、脱穀部分に詰まります。詰まれば機械を止めて手作業で取り除かなければなりません。ひどいときは数メートル進むたびに詰まる、ということも起こります。
さらに、濡れた籾どうしがくっつきやすいため、選別がうまくいかず、未熟な粒やワラくずが混じりやすくなります。乾いた状態なら一時間で終わる面積が、濡れていると倍以上かかることも珍しくありません。効率が落ちるだけでなく、機械への負担も大きく、故障のリスクも上がります。
濡れたまま刈ると、お米の品質が落ちる
仮に雨の中で無理やり刈り取ったとして、収穫した籾はどうなるか。
まず、籾の水分量が通常より高い状態で乾燥機に入れることになります。水分が多いぶん、乾燥に時間がかかり、燃料代が余計にかかる。それだけならまだしも、水分量にばらつきがあると乾燥ムラが生じやすく、一部は乾きすぎ、一部はまだ湿っている、という状態になりがちです。
乾燥ムラのある米粒は、精米のときに割れやすくなります。いわゆる「割れ米」が増えると、見た目が悪くなるだけでなく、炊いたときの食感にも影響が出ます。べちゃっとした仕上がりになったり、粒の大きさが揃わないため炊きムラが起きたり。
また、刈り取った直後の濡れた籾をそのまま放置すると、数時間で蒸れが始まります。蒸れた籾は変色し、いわゆる「ヤケ米」になる。こうなると等級が下がり、農家さんの収入に直結します。だから雨の日に刈った場合は、すぐに乾燥機を回す必要があるのですが、乾燥機の容量にも限りがある。大量に刈って大量に濡れた籾を抱えると、処理が追いつかないという事態にもなりかねません。
田んぼの地面の問題もある
見落としがちですが、雨が降ると困るのは稲だけではありません。田んぼの地面そのものがぬかるみます。
稲刈りの前には水を抜いて田んぼを乾かす「落水」という作業を行います。地面がしっかり乾いていないと、重さ数トンのコンバインが沈み込んで動けなくなる。実際に、ぬかるんだ田んぼでコンバインがはまって抜け出せなくなり、クレーンを呼ぶ羽目になった、という話は農家の間では珍しくありません。
せっかく落水して乾かした田んぼも、一日しっかり雨が降ればまたぬかるむ。地面が再び乾くまで待つとなると、それだけで2〜3日はロスします。秋の天気は変わりやすいですから、その間にまた雨が来れば、さらに遅れる。稲刈りが遅れると、穂についたまま籾が乾きすぎたり、逆に秋雨に打たれて品質が落ちたりする。農家さんにとっては、まさに天気との時間勝負なのです。
農家さんが天気予報と睨めっこする理由
稲刈りの季節、農家さんのスマホには天気予報アプリがいくつも入っている、という話をよく聞きます。冗談のようですが、予報サービスによって微妙に予測が違うので、複数を見比べて判断するのだそうです。
「明後日から三日間晴れる」と分かれば、その三日間に全力で刈る。前日に急に雨予報に変われば、予定をすべて組み直す。近所の農家同士で乾燥機を融通し合ったり、コンバインの順番を調整したり。稲刈りの段取りは、天気ひとつで毎日変わり続けます。
私たちがスーパーで手に取る一袋のお米は、こうした農家さんの天気との駆け引きを経て届いています。秋にたまたまニュースで稲刈りの映像を見かけたら、「今日は晴れてよかったな」と思ってもらえたら、農家さんの苦労が少しだけ報われるかもしれません。
